点検評価と課題 235
4-3 電子構造研究系
国内評価委員会開催日:平成14年12月9日∼10日
委 員 佐藤 幸紀 (東北大多元物質科学研,教授) 冨宅喜代一 (神戸大院理,教授)
西 信之 (分子研,教授) 藤井 正明 (分子研,教授) オブザーバ 鈴木 俊法 (分子研,助教授)
佃 達哉 (分子研,助教授)
国外評価委員面接日:平成13年12月3日(分子研リポート2001に記載)
委 員 Professor W . C arl L ineburger (J oint Institutes for L aboratory of A strophysics, University of C olorado)
4-3-1 点検評価国内委員会の報告
3年前に行われた点検評価国内委員会において,「大学と研究所そして系という組織」,「研究室の規模」,及び「研 究戦略」の3つの項目について議論がなされ(分子研リポート’ 99),幾つかの問題点が浮き彫りにされた。このよう な問題点の解決のための方策がどのように取られてきたかを本来は検討しなければならないが,今年度の点検評価は, 15年4月に電子状態動力学部門の教授および助教授の同時転出が起こるという,研究所始まって以来の大きな変化を
前にして行われた。また,今年度より,「分子スケールナノサイエンスセンター」に基礎電子化学研究部門の佃助教授 が籍を移し,来年度春に残る専任教官は主幹のみという異常な事態を迎えることになった。このような事態を前にし ての点検評価に内部委員が係わるよりも,今年度は外部委員の評価に徹した方が良いのではないかとの意見が強く,外 部委員による精力的なヒアリングをまる2日にわたって実行してもらい,佐藤委員と冨宅委員より,西,藤井,鈴木, 佃の4教官の研究活動に対する評価,および今後の系,特に電子状態動力学部門でどのような研究を展開すべきかと いう問題への提言を含めた報告書を頂いた。また,所内委員の中から,現在の分子研のグループ規模の最小化に対し て,大きな危惧が示されていることも報告すべきであろう。
4-3-2 国内委員の意見書
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西グループは,溶液の局所構造,溶液における分子会合状態という化学にとって極めて影響力の高い課題に取り組 み,実験手法の斬新さも含めて従来の考え方に変革を迫る新たな仮説を提出してこの分野の研究を先導してきた。こ の研究の評価は,これまでの外部評価委員会で認められてきた通りであり,これまでの高い評価に全く同感である。最 近では,遷移金属と炭素からなる新規の分子性クラスターを合成し,その磁性研究を展開している。クラスターのサ イズが微小化(ナノ構造化)すると単磁区構成体となることを示し,分子磁石の可能性を開くことによって分子科学 とナノ材料科学との結合を意図している。この研究は同グループの研究に新たな戦略性を与えている。
佃グループは,単分子膜で保護された金属クラスターという特異な複合分子系を取り上げ,クラスターの特質に立 脚した新しい機能性複合分子の創出を目指している。サイズをナノスケールで制御した金属クラスターは,バルク金
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属とは全く違った光学的,電気的,化学的性質を示すことが期待され,同グループの磁性分子クラスターの開発と並 んでグループとしての整合性が良く,このような新規ナノスケールクラスターの機能開発研究に大いに期待する。
藤井グループは,水素結合クラスター内での高速水素移動のダイナミクスを調べるために,紫外レーザーと近赤外 レーザーを三段階で照射する高度のレーザー分光技術の適用に努力を重ね,独自のピコ秒時間分解振動分光法を開発 し,水素移動ダイナミクスの新知見を得ている。水素結合系における水素(プロトン)移動は化学において必須な問 題であり,個々の系における詳細な知見の積み重ねは貴重である。この意味から藤井グループの努力に敬意を表する。 同グループが培った高度のレーザー分光技術は,所外との共同研究で進めているレーザー蛍光顕微鏡の開発に進展し ている。この開発は,レーザー分光技術と量子光学技術との結合によって光の回折限界を超える空間分解能をめざす もので,研究の戦略性の視点から今後の進展を興味深く期待する。
鈴木グループは,自製の画像観測装置を用いて,伝統的な二重微分散乱断面積測定の分野における一つの到達点を 標識した。三体衝突問題という基本問題に取り組んだという点からも,同グループの成果は国際的に非常に高く評価 されている。精緻な実験と精緻な理論計算とのほぼ完全な一致を実証することによって対象系に関する散乱ダイナミ クスに決着をつけたと云える。同グループの研究の完成度は極めて高い。しかしこのように完成度の高い研究の先に はどのような新領域が開かれるかという疑問が残る。とはいえ,問題決着型の研究と領域開発型の研究とは別物であ り,両者の価値を軽々に比較すべきではないであろう。
電子構造研究系では,溶液系から少数多体系にいたる広い対象にわたって研究課題が選択されてきたが,鈴木グルー プを除いて,概ねクラスターの研究が行われてきた。しかし西グル−プが先駆的な研究で世界をリ−ドしてきた溶液 系の研究が,人員の少なさのために新たな展開が図れていないのではないかと気がかりである。クラスターへの偏り を若干修正して,この研究系にはやはり溶液系の研究で斬新な展開を期待したい。また,応用とか基礎とかにこだわ らず,分子の動的過程を「制御」する研究,特に分子内或いは分子間に発生するコヒ−レンス(量子波束)を光位相 で制御する研究は,これからの分子科学に新たな局面を開くと期待される。このような研究は,当該研究系が培って きた高度のレーザー技術を展開するのに相応しい課題ではないかと考える。
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西グループは,クラスターを中心課題として,溶液化学で重要な液体/溶液の部分構造の研究と新しい機能性金属・ 有機複合クラスターからなる分子磁石の研究を進めている。溶液の構造の研究では,二成分系の混合状態をラマン分 光等の分光法を用いて解析し,部分構造に関するユニークな研究を展開している。また分子磁石の研究では,金属原 子を有機分子に埋め込み,金属原子間のスピン−スピン相互作用を制御することによって強磁性的な機能の発現をさ
点検評価と課題 237 せる試みを進めている。最近,新しい分子磁石化合物である C oC2クラスターの合成に初めて成功し,マトリックス中 で磁石になることを見いだしている。今後,磁気的な性質の発現機構についてさらなる研究の展開に注目したい。
佃グループは,サブナノサイズの金属クラスターの触媒機能の発現機構の解明を目指して,クラスターの精密合成 と評価のための質量分析器の開発に取り組んできた。最近では,チオール化合物に保持された Pd や A u クラスターの 合成を行い,クラスターを取りまく単分子膜の構造特性の研究を活発に進めている。赴任後の研究の立ち上げをほぼ 完了されたようであるが,今後,この分野で国際的な指導性を発揮するために,触媒反応の観点に加え,この種のク ラスターの特長に注目した新しい境界領域を創出されることを望みたい。
藤井グループは,分子クラスターの未知領域の解明を目指して,化学で重要な反応系の超音速ジェット中での振動 分光の研究を進めている。独自の時間分解振動分光を駆使し,特に,プロトン移動ダイナミックスの理解に大きく寄 与している。また分子科学の技術を巧みに応用した2波長ファーフィールド超解像顕微鏡の開発も進め,原理検証に 成功している。これらの方法をベースした研究が,新しい研究の流れを創出する問題の発掘・提起に繋がっていくこ とを期待したい。
鈴木グループは,化学反応の動力学的解明を目指して,反応の全衝突過程と半衝突過程の両面から独創性の高い研 究を進めている。前者のアプローチでは交差分子線法と画像法を組み合わせた装置を開発し,状態選択した回転非弾 性散乱過程の解明を行っている。また,後者のアプローチでは,化学反応を実時間で観測する目的で,フェムト秒光 電子画像観測装置を開発し,電子位相緩和や回転コヒーレンス等の素過程の究極的な理解に大きく貢献している。今 後は,これらの手法を用いた反応性散乱の研究への発展が期待される。また,ナノスケールの液滴中での反応といっ たより複雑な系への取り組みも進められているが,上記の研究で培われた反応ダイナミックスの視点を踏まえた新し い切り口の研究の展開を期待する。
(この分野の国内,国外での研究分野としての重要度と今後の発展方向)
本研究分野では,基礎と応用の立場から,分子および分子集合体の化学反応をはじめとした種々の物理,化学過程 を研究対象としており,分子科学の基礎研究の中心的な分野となっている。近年のレーザー技術や理論計算法等の研 究手法の進歩とともに,この分野でも実験と理論の協同作業による研究が非常に活発に行われ,比較的簡単な孤立分 子の化学特性の理解と予測が飛躍的に進歩してきている。最近では,非常に精密化したレーザー技術を駆使し,気相 化学反応の量子制御を目指す研究も行われるようになってきている。また研究の視点はより複雑な系へと向けられて きており,クラスター等の分子集合体の表面や内部での化学反応,溶液内での反応ダイナミックス,超微粒子や固体 の表面,界面での反応ダイナミックス等の今後解決すべき重要課題が山積している。他方,最近の生命科学の長足の 進歩により,生命現象の分子レベルでの理解の重要性が非常に高まってきており,分子科学研究者のリーダシップが 不可欠となってきている。むろん,これらの研究課題は従来から取り組まれてきているものであるが,今後は,さら に新しい切り口の発見と新しい研究手法の開発を行いながら理解を一層深めていくことが,本研究分野の主要課題に なると考える。
本研究系の電子状態動力学部門においてスタッフの総移動が予定されており,すでに教授候補者の公募が進められ ている気体反応に関連した分野の他に,もう1人の教授の専攻分野が懸案となっている。人事選考は,本来人物本位 であるべきであるが,研究系の分野のバランスを考慮するとすれば,候補者の分野をある程度特定する必要がある。他 の研究系と電子構造系の他部門の分野を勘案すると,液体中での化学反応の基礎と応用に関連した実験的研究分野が 選択肢の一つとして挙げられる。溶液反応における溶媒和ダイナミックスの理解も今後さらに深化が期待される。ま たポリペプチドやタンパク質の構造,機能に果たす水和の動的役割も発展が期待される研究である。他方,溶液や固
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体表面,界面での単一分子の反応の研究や制御した表面での反応研究も,今後さらに重要な進展が予想され,専攻分 野の議論の対象になると考える。
(研究所への希望)
分子科学研究所は,設立後すでに28年となるが,設立趣旨を充分に全うし,分子科学研究の情報発信の源として国 際的にも広く認知されてきている。また,この間,研究所を巣立った多数の研究者は,非常に多くの大学の基礎研究 の現場において中心的役割を果たしてきている。このような基礎研究のメッカ的な存在は,今後の分子科学研究の発 展と人材育成に不可欠であり,法人化後の分子研においてもその役割は大いに期待されるところである。所外の研究 環境が大きく変遷してきている中で,創造的研究の場としての研究所の求心力をさらに増やせられるかどうかは,先 見性と個性に富み,常に自然の新しい切り口を見出そうとするチャレンジ精神に溢れた人材が集まる場づくりにかかっ ていると思われる。人員増が絡むため困難を伴うと思われるが,所員が研究に集中できるサポート体制の強化にも大 きな努力が必要である。また,研究所の存在感を一層高めるためには,以前から囁かれている所を代表する突出した 研究の育成も,それなりの覚悟はいるが,視野に入れるべきではないかと思われる。所内研究者間の充分な情報交換 と自然発生的でかつ建設的な研究構想の相互批判のもとで,組織化も可能と思われる。研究の発展性と性格に応じて, 研究グループの規模が拡大できるような研究体制の柔軟さも,今後は必要かと思われる。助手,助教授クラスの若手 の優れた研究者が集まってお互いに切磋琢磨し,研究に真の楽しさを見いだす魅力的な研究環境作りを分子科学研究 所に切望する。